認知症のご家族や知人を介護される方へ

 認知症の方を介護される方の心労は、時に筆舌に尽くし難いものになります。かなり重度の認知症の介護の現場を私自身も目の当たりにしたこともあります。そんな場では、どんな言葉をかけようとも、その言葉が薄っぺらく、軽く感じます。その大変さを表す言葉はこの世には到底見つからない程だと思います。

 そのことを百も承知、重々承知した上で、認知症になってしまった方に対して少しでも優しい気持ちを持てるようになって頂きたいと考え、今回のコラムをお届けします。

目次

「忘れる」というのは本来、人間に必要な能力

 認知症の大きな要素として真っ先に挙げられるのが記憶障害です。

 「物が覚えられない」
 「覚えていたことを忘れてしまう」

 これに高齢という要素が加わると「認知症ではないか?」ということが頭をよぎります。

 ところで、「忘れる」ということはそんなに悪いことでしょうか? 若い人や子供でも忘れる時はあります。若い人や子供でも忘れるんだから良いということではありませんが、人間にとって「忘れる」という能力は実はとても大切で必要な能力なのです。
 それなりの年月、生きていると「辛かったこと」「苦かったこと」は誰でもあるはずです。そうした辛い気持ちや苦しい気持ちを、その気持ちを味わった時のまま、ずっと覚えていたらノイローゼになって生きてられなくなるはずです。つまり、程度の差こそあれ、誰でも「忘れる」という能力があるからこそ、艱難辛苦を乗り越え、なんとか踏ん張って生きていけるのです。

認知症の方の記憶障害の理由

 万が一、身近な方が認知症になったら、その方はこれまでの人生でとても多くの辛いこと、苦しいことを経験してきたのです。それは若い私たちにとっては、想像のはるか上を行く質、そして量の辛苦に違いありません。

 その多くの辛く苦しいことの蓄積で、もうこれ以上、「覚える」ということを脳が拒絶し、「忘れる」という自己防衛本能、生存本能が働いているのかもしれません。

 だから、周りで、身近で、認知症の症状をお持ちの方がいらっしゃったら、

 「これまで私が想像できないほど、辛いこと苦しいことを経験されたんだな」
 「大変な人生を歩んでこられたのだな」
 「もうこれ以上の辛く苦しい思いは無理なんだな」

 ということを思い起こし、少しで良いので優しい気持ちで接してあげて頂きたいのです。

介護する人の笑顔の重要性

 少しでも優しい気持ちを持てれば、介護する人の表情も変わってきます。

 実は認知症の方でも、人の表情から気持ちや感情を察することはそれほど衰えていないということがわかっています。これは国立長寿医療研究センターと認知症介護研究・研修大府センターの調査でも明らかになっていて、「にこにこリハ」「いきいきリハビリ」という形で提唱されています。介護者が優しい気持ちでニコニコと認知症の方に接すれば、それは認知症の方にもちゃんと伝わっているということです。介護者の優しい気持ち、ニコニコ笑顔は認知症の方の気持ちを和らげ幸せな気持ちをもたらすということですね。

WHO(世界保健機関)による認知症の定義

 ICD-10(世界保健機関による国際疾病分類第10版)の定義では、認知症とは「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群」とされています。そして、その診断基準として記憶障害が必須、となっています。
 その改訂版であり、約30年ぶりに改定されたICD-11では記憶障害が診断基準としての必須から外されましたが、依然、やはり認知症の大きな要素は「記憶力の低下」や「認知能力の低下」であることに変わりはありません。

躊躇なく周りを頼りましょう

 「忘れる」ということそのものを悪者にするのではなく、認知症の方にイライラを向けるのではなく、介護でやるせなくなったら、心理的、できれば物理的にも一旦距離を置いてみて下さい。そして決して一人で介護を抱え込むのではなく、介護サービスの人など周りの人を躊躇なく頼って下さい。一人で抱え込むと気持ちに余裕がなくなり、介護者から笑顔と心の余裕が消えてしまい悪循環になってしまいます。

 あなたが笑顔でいること。

 それが認知症の方にとっても幸せだということを是非忘れないで頂きたいと思います。

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