オンラインでそろばんを習う場合の注意点

AI(人工知能)の時代に必要な教育とは

 川西珠算学院では、コロナ禍以降、完全に自宅で学べるオンラインコースを設けてきました。そしてオンラインコースに6年以上、真摯に取り組んできた経験を踏まえ、実際の生の現場で痛感した、専門家でないと気づかない点や、専門家でさえも見落としがちなオンラインでそろばんを習う場合の注意点をご紹介しておきたいと思います。

 近年、オンライン学習の普及は目覚ましく、そろばん学習の分野にも大きな変革をもたらしました。パソコンやタブレットを通じて全国どこからでも専門講師の指導が受けられるというメリットは、忙しい保護者の皆様にとって大きな魅力だと思います。移動や送迎の負担もなく、天候にも左右されず、効率的に学習を進めることができる点は大きな利点です。

 しかし、どんな便利さにも、必ずそれと表裏一体となる「影」が存在します。昨今、習い事としてそろばんが見直されている要因は単なる計算力の習得だけでなく、集中力、精神的な強さ、緊張への適応、他者との関わり、社会性といった「人間的な成長」も含む総合的な学びとしての側面もあるからです。

 川西珠算学院でも特にこうした点を重視しています。具体的には基礎脳力の向上、そしてそれを支える意欲や資質の育成、そろばん道具が無くて圧倒的な計算力が得られるそろばん式暗算能力の向上と、そのプロセスで得られるイメージ力や、無から有を産み出す発想力、思考力の育成を主眼とした教育を標榜しています。

 AI全盛の時代に通用する資質、能力、取り組み方を身に付ける為には、皮肉なことに、オンライン環境に最適化されすぎた学習が、時として重大な弊害を生み出すことがあります。

 今回は、オンラインでそろばんを習う際の注意点を、専門家の視点で、できる限り丁寧に、そして詳しく解説します。子供たちは今後、AI全盛の時代を生きることになるでしょうから、AI時代だからこそ必要な教育という観点も取り入れ、子供たちにそろばんを習わせようとお考えになる保護者の皆様の判断材料の一助にして頂ければ幸いです。

オンライン学習の最大の落とし穴

試験という「戦場」と、自宅という「無菌室」

 オンラインでしか学んでいない子どもが、珠算検定試験の会場に入った瞬間、緊張に飲み込まれ、普段の半分の力も出せない。

 これは決して珍しい話ではありません。むしろ、オンライン学習者の一定割合で発生している“典型的な現象”といっても良いほどです。その理由は明確で、オンライン学習が提供する「自宅の静寂で快適な環境」が、検定会場という「雑音・気配・緊張が混ざり合う現場」とあまりにもかけ離れているためです。

決定的な「音の壁」

 珠算検定では、会場に数十名、場合によっては百名以上の受験者が集まり、開始の合図と同時に一斉にそろばんを弾き始めます。その音は想像を超える迫力で、静かな会場の中で「パチパチ」と空間全体を満たし、独特の緊張感が場を支配します。
 対面の(リアルの)そろばん教室に通う子どもにとって、この音は日常そのものであり、むしろ集中の“スイッチ”となる環境音とさえ言えます。

 一方、オンラインに最適化された子どもにとっては、これは完全に“ノイズ”となります。「うるさい」「自分の音が聞こえない」「周りが気になる」など、集中を阻害し、本来の実力を出し切れない原因になります。

 複数人をオンラインで繋いで、音をミュートにせずに試したこともあります。しかし、やはりオンラインでそういった環境を疑似的に作ったとしても、後述する(人の)気配を含めて、リアルな現場と同等のものはどうやったって作れません。人間というのは、これほど「肌で感じる空気感」の影響を受けるものかと、妙な感心をしたものです。

 そして、これは暗算検定でも同様です。暗算はそろばん道具を使いませんので、「パチパチ」という音が鳴ることはありません。しかし、周囲の気配、書く音、視線の動き、隣の受験生のペンの速度など、多くの刺激が存在します。
 普段、一人の静かな部屋でしか集中した経験がない子どもは、これらすべてを「脅威」として脳が受け止めてしまうのです。人間の脳はそれほど繊細なものであり、試験以前に“環境への耐性不足”で負けてしまうのです。

オンラインでは「気配」を学べない

 人が近くにいるという状況、隣の席との距離感、他者が動く気配、先生の歩く音。これらはオンラインでは一切再現できません。しかし、これらは試験会場では避けられず、しかも強度の高いストレス源となります。

 そろばん学習では、技術だけでなく「どんな環境でも集中できる心の筋力」を鍛えることが欠かせません。自宅の静寂でだけ集中できる能力は、言い換えれば“現場で崩れる脆弱な集中力”とも言えるのです。

 後で言及しますが、中学入試や高校入試、大学入試などは現状、オンライン受験と言うケースはまだまだ稀です。入試に限らずオンラインのみの学習には注意しなければならないことが多いですが、こと入試一つとっても上記のことは子供たちにとっては必要な経験であることは確かでしょう。

オンラインに潜む技術的な限界

指使い・姿勢・呼吸 〜微細な動きが伝わらない

 そろばんは「指の芸術」とも呼ばれるほど、指の角度、弾く強さ、手首の高さ、呼吸のリズムなど、極めて精密な身体操作が求められる学習です。しかし、オンラインでは以下のような構造的な限界が存在します。

* カメラの角度では指の高さや角度が分かりにくい
* 画面越しでは奥行きが捉えにくく、癖を見抜きにくい
* 手元を映すと表情が見えず、表情を映すと手元が見えない
* 微妙な力の入れ方(強すぎ・弱すぎ)を判断できない
* 姿勢の乱れを後ろからチェックできない

 その結果、気付かないうちに“悪い癖”が定着し、一定レベルを境に伸び悩む原因になりやすいのです。また、間違えたときに「どこで間違えたか」をリアルタイムで検知することも難しく、誤った思考プロセスのまま練習してしまう危険もあります。そして、実際にこうしたことは少なからず発生しています。

 カメラを複数台用意する、保護者からリアルタイムでフィードバックをもらう、などの対策をすれば一定の効果は得られます。ただし、必要なだけの台数の機器の準備、保護者がべったりとチェックするということも必要でしょうし、フィードバックしてもらう保護者にもそれなりの予備知識は必要になってきます。

 これはAI時代の教育において重要な観点で、テクノロジーによる学習は知識を得るだけであれば効率的であることは確かですが、「技能の本質的な部分」――つまり身体動作や非言語的指導――は、依然として人間による対面のほうが圧倒的に優位であることは間違いありません。

オンラインでは育ちにくい“社会性”と“競争心”

子ども同士の切磋琢磨は、オンラインでは生まれにくい

 そろばん教室では、年齢も学校も違う子どもたちが隣同士で学びます。そこには、

* 先に級に合格した子への悔しさ
* 自分より小さい子が速いことへの驚き
* 負けたくないという気持ち
* 一緒に合格や上達を喜び合う達成感

 といった、子どもを強く成長させる“社会的刺激”が溢れています。

 しかしオンラインでは、画面の向こう側にいる他者の速度や緊張感は伝わりません。結果として、「自分との戦い」だけに閉じてしまい、モチベーションの維持が難しくなるケースが多く見られます。徒に他の子と比べる必要はありませんし、自分自身の成長に目を向けることはとても重要なことですが、刺激を受けるというのも、子供たちの人間的な成長に必要な要素なのです。

社会性・学びへの姿勢・切り替えが育ちにくい

 当学院では、子供たちの年齢に応じた社会性や(学習への)姿勢を育み、時間を計ることで時間を意識しながら取り組むような授業形態です。特に授業時間にはきちんと切り替えて、そろばん学習に向き合うように指導します。そして、これらは学習モードへの切り替えを助ける大切な儀式です。

 しかしオンラインでは、パジャマのまま参加、直前までゲーム、家族が歩き回る――など、生活空間と学習空間が混在してしまい、切り替え力が弱くなる傾向があります。切り替え力は、将来の入試、本番、一発勝負の場で非常に重要な能力であり、オンラインでは相当意識的に補わなければ身につきません。

オンライン学習がもたらす“入試への影響”

入試はオンラインではない

 中学入試・高校入試・大学入試は、現状オンラインではありません。
 広い会場、張り詰めた空気、他者の気配、時計の音、監督者の足音――。
 これは珠算検定よりもはるかに強いプレッシャーです。

 そろばんは“本番で強くなるための練習”としての側面もあります。しかし、オンライン学習だけではこの“本番力”、そして実践の場での“集中力”を鍛えることができません。その結果、

「模試ではできたのに本番で失敗した」

という典型的なパターンに落ちやすくなります。

パターン学習に偏りすぎるリスク

 そろばんだけでなく、算数全般にも言えることですが、技術だけ、テクニックだけを身につける学習は、応用力の弱さを招きます。

 初等教育の算数で苦手意識が芽生える原因は大きく3つです。それは「計算」「図形問題」「文章題」です。直接こうした問題の練習するのも良いでしょうが、昨今、パターン化された問題は解けても応用がきかないという子も多くなってきました。これはテクニックだけ覚えて基礎的な学力がついていないことを示しています。テニスで言えばラケットでボールを打つ技術や、サッカーで言えばドリブルの技術などが上がっても、基礎的な体力(筋力や走力、持久力など)がついていなくて、結局試合に出られない、出ても活躍できない、というのと同じことです。

 技術、技能より先に身につけるべき論理的思考力や創造性という土台無しでは、実社会では応用が効かず、役に立ちません。特にAI(人工知能)活用が前提となる社会では「人間らしい創造性」を育むことこそ重要になってくるでしょう。

 オンラインではどうしても効率優先になり、パターン学習に偏ってしまい、基礎脳力が弱くなる危険性があるのです。

AIの時代だからこそ、なぜ対面が必要なのか?

AIは「知識」と「効率」は教えられる

 AI時代は、計算能力や知識獲得はますます効率化されます。これからの教育は、AIが代替できる領域と、人間でなければ鍛えられない領域に分かれていくのは間違いありません。

 オンライン学習やAI教材の得意分野は以下の通りです。

* 個別最適化された練習量の提示(AIをフル活用した場合)
* 正答・誤答の自動判定
* 反復練習の効率化
* 理論・知識のインプット

 しかしAIにも明確な限界があります。

AIには絶対にできないこと

 AIでは補えない領域は次のようなものです。

* 本番の緊張をともなう環境下での集中維持
* 他者との競争や励まし合い
* 空気感・気配・音・リアルな場の情報すべて
* 指の癖や姿勢など、非言語的な微細修正
* 礼儀や態度などの社会性
* “負けたくない”という感情的エネルギー
* “人の目があるから頑張れる”という力

これらはすべて対面という「リアル」の場でしか育たない力です。

だからこそ、ハイブリッドが最強

 川西珠算学院では、6年以上のオンラインコースの経験を踏まえ、オンラインのメリットとデメリットを客観的に評価し、一つの結論を得ました。それはオンラインの良さを活かしつつ、リアルな場での学びを加えることが最強なのではないか、ということです。こうしてできたのが当学院のハイブリッドコースという訳です。

 ☆オンラインは効率が良い。
 ☆対面は人間的成長が大きい。

 両者は相反するのではなく、組み合わせることで最大の効果を発揮します。とくに、

* 技術習得 → オンライン
* 精密な修正・本番力の育成 → 対面
* 競争心・社会性 → 対面
* 練習量の確保 → オンライン/自己練習

 という組み合わせは、現代のそろばん学習として理想的なバランスだと考えています。

保護者にかかる負担という“見えない弊害”

オンラインは親が「監督者」になる

 オンライン学習では、子どもの集中状況や姿勢を最も近くで観察するのは保護者です。その結果、次のような負担が発生します。

* 通信トラブルへの対応
* 姿勢や集中のチェック
* 練習時間の管理
* 子どもへの声かけ
* 親子喧嘩の原因になることも

 対面であれば、子どもの成長過程は教師に任せることができ、大人同士の関係で適切な距離を保てます。この「親が管理しすぎない環境」の重要性は、長く学習を継続するうえで非常に大きな意味を持ちます。

結論:オンラインを悪とするのではなく、“理解して使いこなす”

 オンライン学習には確かに多くのメリットがあります。しかし、それだけでは必ず不足が生じる領域が存在します。重要なのは、オンラインの利便性と、対面の「リアルな価値」を正しく理解し、子供たちの将来に必要な力を総合的に育てる視点です。

オンラインのデメリットまとめ

* 試験会場の「音」「気配」「緊張」に弱くなる
* 暗算でも環境ストレスで集中が乱れる
* 技術の細かい指導が難しい
* 悪い癖がつきやすい
* 競争心が育たない
* 社会性が育ちにくい
* 入試本番のプレッシャーに弱くなる
* 保護者の負担が大きい
* AI時代に必要な“非デジタルの力”が鍛えられない

保護者への提言

 もしオンラインのみでの学習を検討されているのであれば、次の点をぜひ一度イメージしてみてください。

「試験会場の雑音・緊張・他者の存在の中で、お子様は普段通りの実力を発揮できますか?」

 少しでも不安を感じるのであれば、オンラインだけに依存しない学び方を選択する価値があります。

最後に:AI時代の子どもたちに必要なのは、“リアルを生き抜く力”

 AIはこれからますます高度になり、知識も技術も簡単に手に入るようになります。だからこそ、AIに置き換えられない「人間的な力」――集中力、精神力、社会性、競争心、本番力――を鍛える場の価値は、以前よりもむしろ高まっています。

 オンラインの便利さを取り入れながら、対面授業でしか得られない「リアルな学び」を組み合わせる。それこそが、これからの子どもたちにとっての最強の学習環境であり、未来に羽ばたくための確かな土台となるのです。

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