仕事柄こんなことを書いて良いのかと思わなくも無いが、私は勉強が好きではない。全部が嫌いなわけではないが、学校で、教科書で、興味がそれほどないものに頭脳を使うのは得意とは言えまい。
そんな私が勉学(≒受験)というリングでの戦いを諦めたのは高校時代のこと。ある一人の、とっても勉強ができる友人E君のせいで私は勉強をしなくなったのである。彼の頭の良さは、それはもう、私にとっては化け物以外の何者でもなかった。その一端をご紹介しておくことで、私が受験というリングから降りたことを正当化しておきたいと思う。ま、単に言い訳なんだけど・・・。
高校2〜3年生で同じクラスだったE君。我々の時代は国立大学を目指す場合は共通一次試験(今の共通テストに相当)を受験する必要があった。
英語、数学、国語、理科、社会の五科目。
共通一次試験が終わって自己採点をしてから、どこの大学に出願するのかを決めるというステップだった。共通一次試験の自己採点の点数では東京大学でも十分合格できる点数だったのだけど、東京は嫌いという理由で京都大学を受験することになったE君。
ところが一つだけネックがあった。それは京都大学のニ次試験の社会では、共通一次で受験した以外の科目で受験しなければならないということ。E君は共通一次社会は「倫理・政治経済」で受験していた。それ以外となると、日本史か世界史か地理のいずれか。
ニ次試験の社会の準備は何もしてなかったE君に
「社会、何するん?」
と聞いた私にE君は
「うーん。どうしようかな。明日までに考えるわ」
と答え、その日は別れた。
きっと地理にするんだろーなー。どう考えても、日本史や世界史に比べたら新しく覚えることも少なくて簡単だろうし。
と考えていた私と翌日会ったE君。
「社会、どうするか決めたん?」
「あ、うん。日本史にするわ」
「へ? なんで、よりによって一番難しい(覚えることが多い)日本史を?」
「だって一番面白そうだから(-_-)」
天才は難易度で物事を考えないのである。
そして、その後、わずか一ヶ月弱で日本史を勉強して受験に間に合わせるのだけど、その勉強方法も凄かった。
左に教科書、右にノートを置いたE君。そしてひたすら、教科書を丸写し。
「何してるん?」
と問うた私に
「書いて覚えようかなと思って」
と答えたE君。
1日20ページこなせば間に合うとのことだった。
あ〜、そ〜か〜。
なるほどー。
書いたら覚えられるのか。
良い事を教えてもらった。
と真似をさせてもらった私。
しかし、書くだけで覚えられるのはE君だから。
一回書くだけで覚えられるのは天才だから。
そんなことに気づくことさえできなかった凡人の私。
天才E君は教科書を一回ノートに写すだけで内容が頭に残るのである。
しかし真似した私に残ったのは「満足感」と「ペンだこ」のみ。
もう、頭の悪さ炸裂である。
かくしてE君は無事、京都大学に現役で合格し、アホ炸裂の私は浪人。
ま〜、私はバカなのでその格差が大きいのは当然だけど、同じクラスメイトで、現役で早稲田大学の政治経済学部(今はわからないけど、当時は私立大学の文系で一番偏差値が高い大学・学部だった)に行った友達が大学卒業後、
「俺、早稲田政経に4年いたけど、あんな化け物見たことない」
とE君の頭の良さを評して言ってたのだから、一般的に見てもかなりの高スペックな頭脳をお持ちであることは間違いないと思う。
ちなみに、そんな私も小学生の頃は成績も良くて、
「(私が)天狗になってはいけない、上には上がいるという事を知ってこい」
と考えた父は、私を小6の3学期だけ塾に行かせた。
自分より頭の良い人がいることを知ってこいって趣旨だったはずだけど、父の思惑に反して、私は、「こいつらは3年ほど前から塾通いしてるんだから、テストの点数が良くて当たり前じゃないか」としか思わなかった。上には上がいるとも、自分が叶わない人間がたくさんいるとも思わなかった。
しかし、父が考えた、私が勉強で到底叶わない人間がいるってことはE君との出会いによって、これでもかって程、思い知ることになるのであった。
かくして、私は受験というリングで闘う戦意を喪失し、そのリングから降りることになりました。
追伸:
大学のキャンパス生活という夢の極楽生活を送るために一応大学には行きました。爆

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