AIの時代なのにそろばん教室が生き残ってる理由
AIの時代に必要な教育とはどういったものでしょうか。当社はそろばん教育というものを提供していますが、
「そろばんは時代遅れ」
「AI時代にそろばんは不要」
「電卓やコンピューターがあるのに自分の計算力を高める必要があるのか?」
という声があります。昔からのそろばん教授法やカリキュラムで運営して、漠然と計算目的としてだけそろばんを教えている珠算教室の場合は確かにこれに当てはまる場合もあるでしょう。児童心理学理論や初等教育理論、幼児教育理論の研究が進み、また科学技術の発達や社会環境の変化が著しい現在においては、教育法を常に最新のものにアップデートしていかなければ、どんな教育であっても時代遅れになるのは必然です。
当社は、そろばん式脳トレーニング®の研究開発で脳科学の実験結果を活用していることもあり、子供たちへの教育法においても、この知見を取り入れ、常に改善を行っています。また、脳科学の研究結果に加え、児童心理学や初等教育理論、幼児教育理論などを総合的に組み合わせた教育法およびカリキュラムを採用しています。小難しい言葉を並べましたが、端的に言えば
「AIの時代に必要なそろばん教育法」
を採っています。私はお付き合いのある珠算関係者によくこう聞きます。
「もし、日本の入試や試験で電卓持ち込みが可能になっても、あなたのそろばん教室は生き残れますか?」
当社の運営する教室やノウハウは自信を持って「Yes」と言えます。それは即ち「AI時代に必要な教育法」を採っているからです。
そして、この「AI時代に必要な教育」こそが、そろばんに限らず現在最も必要な教育であると当社では考えています。もちろん当社はそろばん教育プロバイダーですから、「そろばん教育を通じて」ということになりますが、そろばん教育は遣り様によっては、その役割を果たせるに十分なコンテンツパワーがあるということです。
では、「AI時代に必要な教育」とはどんなものでしょうか。
AI時代に必要な教育
AI時代に必要な教育というのは、実はたくさんの要素があります。全てに言及すると本一冊書けるくらいの分量になりますので、折に触れて当コラムで他のものも紹介したいと思いますが、今回は「基礎的な学力を育む」という点にフォーカスして考えてみたいと思います。AIが進化した時代には表面的な英会話学習やプログラミング学習よりも、もっともっと「基礎的な学力」が必要です。なぜならスマホによる自動翻訳が実用の時代になり、プログラミングも口頭での指示だけで、ある程度のものが作れる時代になっています。このAIの進化により、表面的な機能だけであれば、それこそAIで代替できるものだからです。もちろん、そろばんも同様で、計算結果を出すだけであれば、その役割を終えたと言って良いでしょう。
なお、「基礎的な学力」と言ってもテストの点数や偏差値のことを指すのではありません。もっと根本的な「学ぶ力」のことです。いくつか具体的なものを挙げておきましょう。
考える力
多くのことが「わかる」だけでは意味がなく、「できる」ようになって初めて役に立ちます。仕事も家事もスポーツもそんなものばかりかもしれません。そろばんや暗算も同様で、「わかる」だけでは意味がなく、「できる」ようになって初めて役に立つという習い事です。しかし、皮肉なことに、「できる」ようになることだけにまっしぐらになると「考える力」を育むことが疎かになってしまいます。
とにかくやり方を覚えさせて、ひたすら練習量をこなせば、珠算技能や暗算技能、計算技能の上達は早くはなるでしょう。しかし、そろばんや暗算の技能は上がったけど考える力は下がった、もしくはしっかり考えることが減ったというのは良い状況とは言えません。
確かに今でも日本の入試では、自分の力で早く正確に計算をする力というのは必要です。しかし、AIの時代には、それよりも、自分の頭で考えたり判断をする力の方が少なくとも実社会に出た時には必要とされる能力となります。
当社ノウハウは、この「考える力を育む」ために必要な指導上のアプローチやカリキュラムを採っています。
発見する力
「発見する力」はAIの時代にも大切な力です。AIは多くのパターンを学習し、膨大な学習済みの事象から「法則」を発見することは得意です。しかし、学習していない(何のデータも無い)事象から何かを発見することはできません。世の中が科学的な進歩を遂げるとそこには何かしら新しい要素が加わります。この新しい要素に関してAIはデータを持ち合わせていませんので発見することはできません。
そろばん学習というのは法則の宝庫です。大人であれば経験則、 ― 即ちそれは、AIの相似形や縮小形に近いもので学習済みの事象 ― から法則を見つけるのは子供よりは容易にできるでしょう。しかし、子供たちは未学習、つまり学習済みの事象が少ないので、指導上のアプローチを間違えなければ、そろばん学習を通じて発見する力をつけることが可能です。
ただし、発見する力を育むことは重要ですが、あまりにこうしたことにばかり時間を使っていると「わかる」に留まり「できる」ようになりません。その辺りのバランスはしっかりとカリキュラム化することで対応する必要はあります。
応用力、活用力
何かの問題に直面した時、chatGPTに聞けばすぐに答えを返してくれます。画一的な問題に対してはその答えをそのまま使えますが、人間が直面する世の中の課題に対してchatGPTから返ってくる答えは
「そんなことはわかってるよ。だからどうすれば良いんだよ?」
というものばかりです。基本的な考え方を示してはくれますが、そこから先は状況に合う答えを自分で見つけていかなければなりません。このように前提知識を与えてもらうまでは生成AIを使うのは良いですが、その後、それをヒントに柔軟に考え、工夫、応用し、適応させる力が人間には求められます。応用力や活用力と言ってもいいかもしれません。起こっている状況や行動する人の価値観はバラバラで人によって正解は違うケースも多いでしょうから人間には必須の力と言っていいと思います。
身体的特徴に個人差があるので、スポーツでは特にこの力は必要になります。骨格や、手足の長さ、指の長さ、形はみんなバラバラです。ある選手にはとても有効な技能や練習が他の選手に当て嵌まらないということも往々にしてあります。
そろばんも同様です。珠算はそろばんという道具を操作する技能が必要です。その為に最も効率の良い指使いやそろばんの操作を学習します。もちろん当社の教育でもこのことはしっかり教えます。しかし、基本的なことを押さえた上で、自分に合ったやり方を模索していくことは大切な要素と言えます。
やってみる力(実行力)
考える力、応用力はあるけれども、それをやってみる力が弱いという人がいます。机上の空論はAIでもできます。シミュレーションもある程度の精度まではAIでできるでしょう。しかし、実際にやってみないとわからないこともたくさんあります。やってみたら思ってたのと違うということも多いです。間違ってもいい。失敗してもいいからやってみること。AIはこの力を育んでくれません。
そしてやってみた結果、また考え、工夫、応用していくことは大切です。その場面ごとにAIを活用するのは良いことだとは思いますが、主体はあくまでも人間自身であることは忘れてはなりません。この「やってみる力」「実行力」を高めることは教育でも必要とされます。
感覚力
人は、時間や距離を感覚的に捉えています。例えば、
「向こうの電柱まで20mくらいかな」
「もう30分くらい歩いたかな」
などです。
あるいは、同じ気温でも、それを暑いと感じる、あるいは寒いと感じるかは個人差があります。こういった感覚的なものもAIは理解できません。
このような感覚力、感度が高くないとAIに入力する情報を見誤ります。AIを活用するにしても、時間や手間を考えると、なんでもかんでもAIに入力するのはあまりに非効率です。よって情報を取捨選択する力が必要であり、その為には大枠を把握する力が必要になるのです。そして大枠を把握する力に必要なのが読解力や感覚です。数の感覚も大枠を把握する力には必要な感覚です。
そろばんは数に対する感覚を養うのに非常に有効です。計算力向上だけであればそろばんは役割を終えたと最初の部分で書きました。しかし、数感覚を養うことはAI時代であっても必要とされる力であり、数感覚の育成にそろばんは最も効果のある習い事と言っても過言ではありません。数感覚は計算力だけを指すのではありません。数の感覚の価値についてはコチラの弊社直営校のブログ記事で解説していますので、併せてご確認下さい。
感性
クリエイティビティ(creativity)やそれを生み出す感性を育むことも今まで以上に必要になります。感性は多様であることに価値があるものです。ある人には生きる力になる、命を救うほどのパワーがある一方、他の人にとっては何の価値も感じないというものが当たり前。それはAIでは測れないものです。感覚に個人差が著しいのと同様、感性も受け手である人間次第なのです。
まとめ
人間の生活は当たり前ですが人間が営むものでありAIが営むものではありません。だからこそ、AIに使われるのではなくAIを活用する力を身につけること。AIにはできない力を育成すること。このことを原点として考えると、その為に必要な教育は自ずと浮かび上がってくるはずです。