以前のコラムで、海外では「計算をしないそろばんの使い方(教育法)を提供することもある」と書いたら、それはどういうことか?というご質問を頂きました。
なるほど、日本では、「そろばん=計算をする道具」としての認識しかないでしょうから、イメージできないのも無理はありません。今回はこのことについて解説をしておきます。なお、弊社が行っている事業の一つ、そろばん式脳トレーニング®も、そろばんを単なる計算道具として使わないメソッドなのですが、今回は、海外で、子供向けのケースに絞ってお話します。
そろばんの仕組み/そろばんの特徴
基本的なところになりますが、まずは、そろばんの仕組み、そろばんの特徴をおさらいしておきましょう。
日本の一般的なそろばんは奇数桁で複数の桁があるもの
日本で一般的に使われているそろばんは、奇数の桁で構成されていて、23桁や27桁のものが多いです。ちょうど真ん中の桁に、定位点という印をつけ、そこから左右3桁ずつずらしたところにも定位点をうってあります。桁数が異なるものもありますが、いずれにしても日本で使われているそろばんは複数の桁があります。
一珠と五珠
梁(はり)という部分で上下に分かれていて、一つの桁あたり、5つの珠(たま)があります。上側の珠を五珠(ごだま)と呼び、下側の珠を一珠(いちだま)と呼びます。一珠は一つの珠で1を表し、五珠は一つの珠で5を表します。

十進法
そろばんは10進法を具現化できる道具、という説明をされることがありますが、これは、桁を目で見てわかる(visible)ので、子供たちにもわかりやすい、ということです。さらには触って確認ができる(tangible)ことも、子供たちの教育に有用ということも言われます。
二五進法(にごしんほう)
しかし、そろばんは10進法を理解する為の道具、というだけでは、そろばんの仕組み、そろばんの特長の説明としては不十分です。そろばんの最大の特長は二五進法(にごしんほう)の一種であり、この特長が子供たちの数の感覚を育むのにとても効果が高いからです。そして、この特長が海外でそろばんが絶賛される理由の一つでもあります。
二五進法(にごしんほう)とは
厳密な二五進法の話をし出すと学術論文みたいになってしまうので、ここでは少し簡略化して、わかりやすさ重視で説明します。
五進法
そろばんは1を表す珠が一桁に4つしかなく、一珠だけで5以上を表すことはできません。5になると五珠1つで数を表わします。5になると一つ上の位として扱うので、ここは五進法となります。少し詳しい言い方をすれば、5を底(てい)とする位取り記数法、五進記数法と表現します。

二進法
一方、上側の珠、つまり五珠は、1つしかなく、これがあるかないかで表わす数が決まります。あるかないかの2つで表現するので、ここは二進法です。2を底(てい)とする位取り記数法、二進記数法とも表現します。

二五進法
この五進法と二進法の両方の特徴を併せ持つのが、そろばんという道具という訳です。そして、二五進法であり、十進法でもあるそろばんが子供たちの初等数学=算数の理解にとても役に立ちます。

繰り上がりや繰り下がりの計算では、数の合成、数の分解が計算理論の礎
繰り上がりのある足し算や繰り下がりのある引き算の計算では、数の合成、数の分解というのが理論の基礎になります。例えば、6+7という計算を十進法で行うケースで説明しましょう。
パターン1(加数分解)
6+7
→7を4と3に分解して
→6+(4+3)
→6+4で10が(合成)できるので
→(6+4)+3
→10+3
→13
パターン2(被加数分解)
6+7
→6を3と3に分解して
→(3+3)+7
→3+7で10が(合成)できるので
→3+(3+7)
→3+10
→13
パターン1を加数分解と呼び、パターン2を被加数分解と呼びますが、いずれにしても数を分解して、合成するというステップで計算の基礎を理解します。
計算力の必要性の有無
日本では自力で計算結果を出すことが重視される
日本では子供の教育の場においては、電卓などを使わずに自分で計算結果を出すことを求められます。そして、速く正確に計算結果を出すことは学力テストでも測定されます。そうなると、上記で書いた計算理論を一通り説明したら、あとは計算ドリルをたくさんやって、筆算として速く正確に計算結果を出せるような学習をします。筆算の計算メカニズムはこちらのページも参考になるかと思います。
海外では計算は電卓やコンピュータにさせれば良いと考える国も多い
海外では自力で計算を行う必要はないと考える国も多くあります。しかし、その場合でも初等数学の基礎理論として、足し算や引き算をする場合の考え方は学習しますし、その際に数の分解、数の合成という項目の学習は欠かせません。この時に、二五進法であるそろばん道具の特長が重宝されるのです。
十進法の学習だけであれば百玉そろばんで事足りるが・・・
計算の基礎理論だけを考えれば百玉そろばんという道具だけでも説明は可能です。百玉そろばんというのは、以下のようなものです。

一列に10個の珠があり、10の分解や合成だけだったら、この百玉そろばんだけでも十分可能です。
海外でのSorobanの教育的価値
海外でそろばんは何と呼ばれる?
(日本で一般的に言う)そろばんを英語で何というか?
という問いに対して、
abacus
と答える人がいますが、厳密に言えばこれは間違いです。こちらでその理由を述べていますが、付け加えるなら、海外では、百玉そろばんのことをabacusという国や地域も多いからです。
弊社は海外に行った時には、英語でも、そのままSorobanという単語を使っています、その上で、Sorobanは”Japanese abacus”だよと説明を添えるようにしています。弊社の地道な活動が実ったのかどうかはわかりませんが、今では、海外の辞書でSorobanという単語が載っているものもあります。
ただ、abacusという単語が、そのまま日本式のそろばんの意味で通用する国が以前に比べると増えました。言葉は生き物なので、今となっては、この言葉の定義に神経質になる必要はありません。
計算道具の用途ではないSorobanが海外で称賛されるワケ
計算の理論は学ぶものの、計算そのものは電卓やコンピューターにさせれば良いと考える国でも、(百玉そろばんではなく)二五進法のSorobanは素晴らしいと言ってくれる国は割とあります。
コンピューターは二進法ですし、時計は12進法だったり60進法だったりします。十進法以外のN進法(位取り記数法)を学ぶ基礎として、また、数の操作の基礎学習として、Sorobanは役に立つ、という訳です。
なんで、そんなに長いんだ?
随分前の話ですが、N進法を学ぶ道具や数の操作の基礎学習としてのSorobanの有効性を認めてくれる国で、日本の(23桁の)そろばんを見せた時、
「なんで(日本のそろばんは)そんなに長いんだ?」
と驚かれたことがあります。
確かにN進法を学ぶ為、あるいは数の操作の基礎学習の為には23桁も要らないと言われたら、それも一理あります。もう20年ほど前ですが、このような価値観を持つ国の教育関係者に、2~3桁のそろばんを作って使ったらどうだ?と提案したことがあります。百玉そろばんではなく、二五進法の、日本のそろばんを単に短くしただけのものです。今は使われていないはずですが、そこでは実際に1桁のそろばんと2桁のそろばんを作って使っていました。
国や地域に最もマッチした形で導入する
そろばんを、
日本のように計算道具として考える使用法をA
初等数学理論の基礎学習として使い、計算道具としては全く使わない使用法をB
とすると、AかBの二者択一、というのではなく、Bとしての使い方がメインだけどAの使い方も多少したい、というケースや、その逆のケースもあります。
弊社が、海外では「計算をしないそろばんの使い方(教育法)を提供することもある」というのは、上記のBのケースでの活用法を指南することもある、というです。しかし、完全にBに偏って教授するだけでなく、その国の教育的価値観などを総合的に判断し、国や地域に最もマッチした方法、やり方で、そろばん事業を展開するお手伝いをしています。